【特別寄稿】高倉式コンポストからの草の根技術協力
「タカクラのバスケット(Keranjang Takakura)」という言葉を耳にしたことはありませんか。実は家庭から出てくる生ごみを堆肥にする容器、コンポストのことです。スラバヤ市では生ごみや剪定枝などの有機ごみを堆肥にし、これを利用して緑溢れる都市へと変貌しました。このキッカケとなったのが日本の北九州市からの技術協力であったことはご存知でしょうか。ここでは4回に分けて、この技術協力とその後の展開についてご紹介させていただきます。
第1話:スラバヤ市での生ごみ堆肥化活動のスタート

主婦の方々へデモンストレーション
2004年9月北九州市で培ってきた堆肥化技術を生かすべく、私の国際技術協力がスタートしました。北九州市は当時、北九州イニシアティブネットワーク(現在はアジア環境都市機構)というアジア都市間のネットワークを構築し、加盟都市間での環境協力事業のスキームを持っています。スラバヤ市もその加盟都市でした。当時のスラバヤ市は2か所ある処分場のうち1か所が急に閉鎖となり、ごみが街中にあふれかえるという異常事態に陥っていました。ごみの組成を調査すると生ごみが約50%を占めており、その解決策として生ごみの堆肥化が現地でも馴染みのある方法としてクローズアップされ、北九州市の職員とともに私の草の根活動がスタートしました。この時、JICAの短期専門家派遣制度も利用しましたが、それが私の初めての海外活動でもあり、JICAとの初めての係りでもありました。(この時は、まさかJICAとのお付き合いがここまで長く、そして広くなろうとは想像もできませんでした。)
草の根協力の基本は協働
技術協力先の現地のカウンターパートはスラバヤ市政府とNGO プスダコタ(PUSDAKOTA)でした。プスダコタでは既に堆肥化センターを設置しており、コミュニティとともに生ごみコンポスト化に取組んでいるという実績も持っていました。しかし、堆肥化技術は未熟であり、私が調査したところ10個所以上の改善点が抽出でき、これを代表者のチャヒョーさんに提案しました。するとチャヒョーさんの顔つきが変わってき、最後には「私たちは、あなたたちの技術も日本から学ぶものもありません。そんなに堆肥、堆肥と言うのであれば、日本ではさぞ堆肥化に困っているのでしょう。私が日本に出向いて技術指導をしてあげましょう!」とまくし立てるように言葉が返ってきました。どうしてこのような言葉が返ってきたのか、全く理解できませんでした。後で事情を調べてみると彼のプライドをひどく傷つけていたのです。
- 堆肥化を始めるに当たり、インドネシア国内の堆肥化施設を見学したり、スラバヤ大学の図書館で文献調査もした。
- それを踏まえ、実験や研究をして最高の堆肥化技術を手に入れた。
- 堆肥化センターではコミュニティの人たちと協力しながら生ごみを分別回収して堆肥化し、3年以上の実績がある。
- できあがった堆肥の評判も高く園芸雑誌にも取り上げられ、遠方から買いに来てくれるユーザーもいる。
そうです。相手の事情も良く調べずに、あそこが悪い、ここが悪いと並べ立てていたのです。相手と同じ目線で話そうと思っていたのが、「あなたたちの技術は未熟だから指導してあげよう。」という上から目線での話しぶりになっていたのです。ただでさえ、インドネシアの人々は「自動車はトヨタ・ニッサン・ホンダ、バイクはヤマハ・カワサキ・スズキ、テレビはパナソニック・ソニー等々」日本の製品は素晴らしい、日本の技術は素晴らしいと思っているので、私たちがインドネシアの方と同じ目線で話しているつもりでも上から目線と捉えられてしまうと思います。同じ目線でと殊更(ことさら)考える必要があります。そして草の根協力の基本は協働です。相手と同じ立場で一緒になって技術や仕組みをつくり上げることが肝要です。その後、その代表とはじっくりと話し合い理解を得ることができました。
地域に定着する技術協力を
また、この技術協力に当たっては同行した北九州市職員の方と固い約束をしていました。「単なる設備の提供・技術の提供で終わるのではなく、地域の人たちが持続でき、地域に定着する技術協力を行う。」というものです。そこで次のようなキーワードを導き出しました。
①ローコスト・ローエネルギー・シンプルテクノロジーであること
②地域の気候・風土を考えること
③資機材は全て現地で調達すること
②地域の気候・風土を考えること
③資機材は全て現地で調達すること
この考え方は堆肥化にとって、すべて合点(がてん)がいくことでもありました。例えば微生物(菌)。堆肥化の定義は「有機物が微生物により分解や再合成を通じ植物が利用できる形に変換されたり、土壌の団粒化や通気性の向上等が図られる土壌改良材として利用できる形に変換されたりすること」であり、良質の堆肥をつくるためには微生物が要であるといえます。私が日本で堆肥化の研究をしているなかで、有機栽培農家の言葉が印象深く残っています。「堆肥をつくること、植物を育てることを考えると特別な微生物よりも土着菌(微生物)が優れている。その土地の土壌と相性が良い。」というものです。また、乳酸菌や酵母菌などの菌を上手に利用されている事例も数多くあります。このようなことから、一番こだわりたい発酵微生物は、現地に身近に棲んでいる土着微生物(Native Microorganism「略称:NM」)を採取・培養することにしました。
土着微生物の採取と培養は発酵食品から

優れた発酵菌 タペ

優れた発酵菌 テンペ
土着微生物の採取と培養も至極簡単です。まず、市場やスーパーに行って発酵食品を探します。最初はNGOスタッフには発酵食品の概念がなく、市場などへ一緒に行き、においを嗅いで味見して発酵食品かどうかの当たりをつけ、製造方法を調べます。その結果インドネシアでは「テンペ(煮豆をクモの巣カビで発酵)」「タペ(キャッサバやご飯を酵母菌で発酵)」「ヨーグルト(乳酸菌)」が採取できました。彼らにとって、このような身近で当たり前のようにある食べ物に堆肥化に有効な発酵微生物(菌)が潜んでいるとは思いもよらず、目から鱗が落ちるようでした。そして、これらの菌を増殖させるためには清潔な水でつくった砂糖水を使います。これも驚きであったようで、培養後の砂糖水を味見してみると「Enak(エナ):おいしい」のこえが上がりました。砂糖水の甘味、ヨーグルトの酸味と香り、テンペのアミノ酸の旨味と香り、酵母のアルコールの香り等複雑な味と香りが混ざり、絶品の飲み物に仕上がったのでしょう。
発酵微生物たっぷりの飲み物、いえ培養液(発酵液)ができあがりましたが、これを固体状の微生物の塊、すなわちSeed Compost(発酵床)に仕上げます。インドネシアは日本と同様お米の国です、米ぬかともみ殻を利用して微生物をさらに増殖させます。米ぬかは微生物増殖のための栄養源、もみ殻は棲家と考えると分かりやすいでしょう。米ぬかともみ殻の混合物に発酵液を振りかけ、1回/日の頻度でかき混ぜ7日間で完成します。この時、森などから腐葉土を採取して混ぜると堆肥化の効果が高まります。余談ですが日本語は象形文字なので形が意味を表します。「ぬか」を漢字で書くと「糠」、米に康と書きます。すなわち、お米の健康成分(栄養成分)が糠というわけです。私たちが毎日おいしく食べている白米は、白と米と書きます。これを逆にすると「粕」となり、私たちは栄養成分豊かな糠をニワトリなどの餌にし、粕をおいしい美味しいと食べていることになります。もしよろしければ、玄米を食べることをお勧めいたします。私もこの話を聞いてから玄米食に切り替えました。

堆肥化容器(様々な容器が使える)
このようにして完成した発酵床に生ごみを切って混ぜてみました。2日経過後にNGOの堆肥化技術者にその様子を観察してもらいました。スコップで掻き回したり、色を見たり、臭いを嗅いだりしてから考え込み、「私たちの技術で2週間かかっていたものが2日間で仕上がっている。しかも、まったく悪臭がしていない。」と驚きの声を上げました。この仕組みを家庭内に持ち込むため、発酵床を容器に入れることにしました。容器は別注の特別製にはせず、現地のホームセンターを数軒回り、手頃なものを見つけました。それはランドリーボックスです。通気性のある網目構造でふた付き、大きさも丁度良く、まさしくどんぴしゃでした。この容器で生ごみを処理すると驚くことなかれ、翌日にはほとんど形がなくなってしまいます。生ごみの多くを占めていたご飯は完全に消えています。
広まらない堆肥化容器
このようにして完成した堆肥化容器「タカクラのバスケット(Keranjang Takakura)」ですが、当初はなかなか使ってもらえませんでした。NGO プスダコタと一緒に活動していたコミュニティの主婦の方々に集まっていただき、家庭でできる生ごみの堆肥化講習を繰り返しました。一日で生ごみが消えてなくなってしまうと説明しても誰も信じてくれません。というのも、インドネシアは熱帯地域なので生ごみは腐るもの、悪臭や害虫の発生源でしかありませんでした。こういうこともあり、北九州市職員と私との間では「200世帯程度で堆肥化容器を使ってもらえれば、モデルプロジェクトとしては成功ですね。」と話し合っていました。
このように、この時にはこの取り組みが大きく発展し、スラバヤ市が緑溢れる都市へと変貌するとは夢にも思っていませんでした。
著者紹介
高倉 弘二
(株)ジェイペック 環境事業部 業務推進役
技術士(環境部門)、北九州市立大学国際環境工学部 非常勤講師:環境に関する化学分析・燃料分析、自然生態の復元・創成技術に関する研究開発、有機廃棄物資源循環システムの構築、環境学習・教育に関するプログラム作成と活用等を専門とする。
1959年生まれ
1982年 姫路工業大学応用化学科卒
1988年 (株)電発環境緑化センター(現 ㈱ジェイペック)入社、現在に至る。
2003年 NPO法人 北九州ビオトープネットワーク研究会 副理事長
2004年に(財)北九州国際技術協力協会(KITA)より、ジェイペック若松環境研究所にスラバヤ市(インドネシア)での廃棄物減量化・資源化活動について協力依頼があったことを受け、スラバヤにおいて、生ごみコンポスト・システムの開発普及に従事。コンポスト技術は「タカクラ・メソッド」と呼ばれ、廃棄物量20%の削減を達成。本技術は、東南アジアを中心に世界各国に広がりつつある。
2007年 スラバヤ市長から感謝状を授与。