【特別寄稿】高倉式コンポストからの草の根技術協力
「タカクラのバスケット(Keranjang Takakura)」という言葉を耳にしたことはありませんか。実は家庭から出てくる生ごみを堆肥にする容器、コンポストのことです。スラバヤ市では生ごみや剪定枝などの有機ごみを堆肥にし、これを利用して緑溢れる都市へと変貌しました。このキッカケとなったのが日本の北九州市からの技術協力であったことはご存知でしょうか。ここでは4回に分けて、この技術協力とその後の展開についてご紹介させていただきます。
第2話:スラバヤ市が緑溢れる都市へと変貌
主婦のパワーはあなどれない

市民で広げる生ごみ堆肥化
堆肥化容器「タカクラのバスケット(Keranjang Takakura)」を主婦の方々に使っていただくために、NGO プスダコタと信頼関係ができあがっているコミュニティで、堆肥化講習を繰り返しました。すると、「本当だわ。生ごみが面白いように消える!」と言ってくれる主婦が次々と現れてきました。こうなると少しずつ口コミで広がり始めます。当時のスラバヤ市長バンバン氏は環境への取り組みを推進しており、市長の奥様が婦人会(PKK)の会長ということもあり、PKKでも取り上げていただけるようになりました。私が住んでいる北九州市の歴史をふりかえってみると1960年代は激甚な公害問題に苦しんでいました。それを解決するために最初に立ち上がったのも子どもの健康を心配した母親たちであり、婦人会として市民運動を推進し、市民、企業、行政が一体となって公害問題を解決しました。北九州市はそのような歴史を持っています。まったくこれと同様の活動がスラバヤ市でも起こったと考えています。
このように主婦の活動スタートが、スラバヤ市が緑溢れる都市へと変貌するスタートとなりました。
婦人会(PKK)は女性の社会進出や家庭環境改善に取り組んでおり、そこに生ごみ堆肥化が加わりました。講演会では昼食後、食べ残しの残飯(生ごみ)を分別回収し、その後の生ごみ堆肥化講習に使用します。当初はプスダコタのスタッフが講師を務めていましたが、途中からはPKKが講師を務めるまでになりました。さらに他のNGOや地域環境リーダーも加わり、それぞれのネットワークを生かしながら活動の環が広がっていきました。そうです。当初の目論み通り現地技術として自立的に発展し始めました。特に婦人たちがこの堆肥化容器に注目したのは、生ごみをリサイクルして堆肥になるということだけではなく、衛生環境が改善され罹患率が下がるということでした。インドネシアのように暑い地域では生ごみは保管中に腐ってしまい、ハエやゴキブリなどの害虫が繁殖します。それが、堆肥化容器に生ごみを入れてかき混ぜるだけで簡単に衛生的に処理できる。臭いも気にならず、その容器は台所や家の中に置き、生ごみも直ぐに処理できてしまうのです。生ごみを扱うのは主婦たち、家族の健康を一番気遣うのも主婦たちなので、彼女たちからは一番に喜ばれました。
コミュニティが競い合う

キャンペーン取組前のコミュニティの様子

キャンペーン取組後のコミュニティの様子
また、スラバヤ市行政もごみ問題解決施策として生ごみ堆肥化の推進を重点項目として位置付けました。これを推進するため2005年にグリーン&クリーン・キャンペーンをスタートさせ、施策と組み合わせました。このキャンペーンはスラバヤ市・市民・企業(ジャワポス・ユニリーバ等)が係わり、清潔で緑豊かな地域づくりに取り組んでいるコミュニティを表彰する制度です。生ごみは捨てずに堆肥にし、できた堆肥をコミュニティの緑化に利用するというものです。運営のポイントはジャワポストがマスメディア(新聞社)であったことです。キャンペーン当初はスラバヤ市の一部の300地域の参加だけでしたが、表彰の様子が新聞やテレビで大きく取り上げられ、市民の間で話題になり、その活動が他地域へと広がり2010年には2,000地域にもなりました。インドネシアの国民性「競う心」を上手にくすぐることとなりました。
今でも思いだします。プスダコタと一緒に生ごみ堆肥化活動していたコミュニティが、早い段階でこのキャンペーンで表彰されました。隣接するコミュニティはこれを冷やかな目で見ており、活動を始めるよう働きかけても動く気配はありませんでした。しかし、内心「負けない」という気持ちを持っていたのでしょう。数年後(2008年)、再びスラバヤ訪れる機会(テレビ番組「ガイアの夜明け」の収録)があり、その時に新しく堆肥化に取り組んだコミュニティへスラバヤ市職員が連れて行ってくれました。最初は全く気付かず、「広いコミュニティだな」と思っていましたが、途中で「あれ?このコミュニティは...」。そうです。冷やかに見ていたコミュニティとプスダコタと一緒に活動したコミュニティとが、清潔で緑豊かなコミュニティとして一体化していたのです。
市民の力で動き出す
このようにして、2011年には17,000世帯が堆肥化容器を積極的に利用することになりましたが、この容器を単に市民に配布すればよいというものではありません。スラバヤ市は行政区域31郡全ての地域で様々な方々を対象とする環境セミナーを実施しました。また、ごみ問題解決に向け、環境とコミュニティ改善に関心のある市民から環境ファシリテーター(指導者)を任命し、住民の環境意識の高揚を図りました。更に現場活動を活発化させるため、環境ファシリテーターが10世帯に1人ずつ地域環境リーダーを選任し、実行力のある廃棄物管理システムを市内全域に構築しました。生ごみ堆肥化活動においては、地域環境リーダーが各家庭のモニタリングとフォローアップを担当し、これが良好な堆肥化の継続と新しく堆肥化に取組む方々に対し大きな力を発揮しました。まさしくトップダウンとボトムアップの融合であるとも言えるでしょう。
全ての地域に堆肥化センターを

整備された堆肥化センター
このように家庭での生ごみ堆肥化は活発な広がりをみせていますが、実は堆肥化センターでの効率良い堆肥化手法も開発しました。スラバヤ市内最大の野菜市場からは1日60m3(30トン)もの野菜くずが出ており、これを堆肥化するものです。まず、モデルプラントとして野菜市場横に小規模堆肥化センターを設置し、1日2m3の野菜くずを堆肥化する手法を開発しました。同時にセンターのスタッフも毎日連続して野菜くずを受け入れ堆肥化する練習(経験)を積むことになります。次に規模を大きくして1日60m3全量を受け入れる大規模堆肥化センターの設計に取り掛かりましたが、規模を大きくすると建屋にしても機材にしても大掛かりになりコストが膨らみます。しかし、逆に当時の美化局長リスマハリニ氏(現スラバヤ市長)からは、人力で対応できる規模の堆肥化センターの設計を依頼されました。すなわち「コスト削減」だけでなく「雇用の創出」も考えられての依頼です。これを受け、中小規模の堆肥化センターを地区に点在させ、生ごみ堆肥化における核施設として機能させる分散型堆肥化センターを提案しました。こうして順次堆肥化センターは整備され、2013年現在21ヶ所となり、生ごみだけでなく公園や街路樹の剪定枝も受け入れています。その結果、スラバヤ市が最終処分場に搬入するごみ量が、2005年時点で日量1,819トンであったのが2010年には日量1,241トンと30%も削減することができました。そして、堆肥化施設関連では低所得者層から75人以上の雇用創出がなされ、年間7,000トン以上の堆肥が製造されています。できた堆肥は公園や街路樹に利用され、特に市内のごみが不法投棄される空き地や沿道等は公園化・緑地化が進められています。その結果、住宅街やその他の都市空間の緑化率は過去5年間で10%増加しました。通常、生ごみを受け入れる堆肥化センターは悪臭や害虫の発生をともなうことが多く、迷惑施設として近隣住民からは嫌われがちです。しかし、スラバヤ市が展開する堆肥化センターはそれらの発生がなく、自分たちの地区に誘致したいとの希望も多く、最終的には堆肥化センターは市内全地区31ヶ所に設置される予定です。
地域の技術として定着
こうしてコミュニティや市内のいたるところで緑化が進められた結果、スラバヤ市が緑溢れる都市へと変貌し、国内外からも様々な表彰も受けています。こうした堆肥化センターを整備していくなかで、私にとって、リスマハリニ氏からの忘れられない言葉があります。「実はドイツから、ごみ最終処分場に堆肥化センター整備のODA援助の申し出がありました。しかし、既に自分たちで堆肥化できる力・技術を持っていたので、自力で取り組む費用とODA援助の費用とを比較してみました。するとドイツの1/10以下でできることが分かったのでお断りしました。」なんとうれしいことでしょう。完全に地域技術として定着し、それが応用されています。
大都市で有機ごみ(生ごみ)を堆肥化する場合、通常は大きなプラント(例えば日量100トン以上)を設置した堆肥化センターを建設するなど大規模化を図るケースが多くあります。しかし、このように規模が大きくなると堆肥化と生ごみを出す市民との距離は離れ、他人事になってしまいます。ここスラバヤ市(人口約300万人)では逆転の発想でもって、堆肥化への取り組みを「個人レベル(家庭)」または「小規模な堆肥化センターの点在」にすることで、市民に身近な存在となりました。同時に婦人会活動、環境ファシリテーター、地域環境リーダー、グリーン・クリーンキャンペーンなど様々な仕掛けにより、自分事にすることができました。海外から支援を受けた技術は現地で適正化する必要があります。しかし、それでも単なるツールでしかありません。それを有効なツールにするためには、スラバヤ市の事例のように様々なステークホルダーが係る仕組みを構築することが必要と考えています。
スラバヤ市が受賞した表彰の一例
- 2005年から5年連続 アディプラ賞(クリーンな都市賞)をインドネシア政府から受賞
- 2005年 グローバルエネルギー賞(EGA)をオーストリア政府から受賞
- 2007年 グリーンアップル賞をグリーン機構(本部:ロンドン)から受賞
- 2007年 都市環境改善賞を国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)から受賞
- 2008年 居住環境改善優良事例賞をUNハビタットから受賞
- 2011年 ASEAN環境的に持続可能な都市に選定
著者紹介
高倉 弘二
(株)ジェイペック 環境事業部 業務推進役
技術士(環境部門)、北九州市立大学国際環境工学部 非常勤講師:環境に関する化学分析・燃料分析、自然生態の復元・創成技術に関する研究開発、有機廃棄物資源循環システムの構築、環境学習・教育に関するプログラム作成と活用等を専門とする。
1959年生まれ
1982年 姫路工業大学応用化学科卒
1988年 (株)電発環境緑化センター(現 ㈱ジェイペック)入社、現在に至る。
2003年 NPO法人 北九州ビオトープネットワーク研究会 副理事長
2004年に(財)北九州国際技術協力協会(KITA)より、ジェイペック若松環境研究所にスラバヤ市(インドネシア)での廃棄物減量化・資源化活動について協力依頼があったことを受け、スラバヤにおいて、生ごみコンポスト・システムの開発普及に従事。コンポスト技術は「タカクラ・メソッド」と呼ばれ、廃棄物量20%の削減を達成。本技術は、東南アジアを中心に世界各国に広がりつつある。
2007年 スラバヤ市長から感謝状を授与。